心理物理学若手の会

 

なんてものが存在してるわけではないが、心理物理学という分野はありまぁす!!!!

 

さて、(世間様では)文系の代表格みたいに捉えられている心理学*1と、

理系の中でもキングオブ変態の巣窟というイメージしかない物理学*2

この2つの単語が組み合わさるとは、なんて怪しげな名前なんだ!!
と思う人もいるかもしれないし、別にいなくてもいい。

 

創始者はあのFechner大先生

もともとフェヒナー(Fechner)という偉い先生が創始した学問で*3
"Elemente der psychophysik"(『精神物理学綱要』*4
って本を出したのが始まりとか何とか(フェヒナー先生はドイツの人よ)。

ドイツ語ではpsychophysik、英語ではpsychophysics。

もともとフェヒナー先生は物理学の人で、
物理的な量をもつ「刺激」と心理的な量である「感覚」の関係を研究しようとしたらしいのよ*5

 

例えば、「物理的な量:光の強さ」と「心理的な量:明るさ」の対応関係を調べましょ
って時を考えよう。

物理的な光の強さを0から少しずつ上げていったときに、
どのくらい光が強くなると、ヒトはその光の明るさを知覚できるようになるのか。

ある明るさで光を見ている時に、
光の強さがどのくらい変化すると、明るさの変化を知覚するのか。

まあ例えばでいうとこんな感じで研究してる分野なのよ。

 

完全にマニア。

金曜の5限に30分延長する授業みたいなマニアっぷり。

でも主観の塊である心理的な量をきちっとの科学の俎上に乗せてるところに美学を感じるよね*6

ちなみに前者は絶対閾、後者は弁別閾という閾値を調べる話。

 

さらに、ゲシャイダー大先生というエラーいセンセはこれを2つに区別してるのね*7 。

感覚そのものを記述したいです安西先生
みたいなのを特に記述的心理物理学と呼び、

物理量と感覚量の変換過程のメカニズムが知りたいです安西先生
みたいなのを特に分析的心理物理学と呼んで区別する。

 

Psychphysics

まあそんな話はどうでもよくて、問題は psychphysics の訳語。

精神物理学と心理物理学の2種類があるのね。で、どう違うのよって話。

 

「どっちも psychphysics だ。同じこと。」

 

で済みそうなんだけどさ、まあ聞いてよ。

ざっくり言うと昔は精神物理学、今は心理物理学って言葉がよく使われてる感じなの。

 

村上たち(2011)*8は、
フェヒナー先生が創始したpsychophysicsそのものは「精神物理学」、
フェヒナー先生以降、現在に至るまで様々な形で発展してきたpsychophysicsは「心理物理学」
と呼んで区別してる。

 

村上たちが引用している高砂(2010)*9でも、
心理学史のなかで psychophysics に触れるときは「精神物理学」、
現在の感覚・知覚研究全般を指す psychophysics のことは「心理物理学」
と呼ぶのが主流だとおっしゃってる。

 

ほうほう、ではいったい誰が最初に「精神物理学」とか「心理物理学」って訳語を発表したんでしょーか?
ってなるわけよ。

 

日本初の心理学者は元良勇次郎(1858-1912)って人だと言われててね、
この人が1888年帝国大学文科大学(後の東京帝国大学)で「精神物理学」という
タイトルの講義を最初にやり始めたらしいの。

 

元良勇次郎大先生の論文や本には「精神物理学」ってフレーズは出てくるけど、
心理物理学とは書いてない。

ただ、「心理学」って言葉は出てくるのよ(例えば、元良勇次郎, 1890) 。

 

んで、この元良勇次郎大先生のお弟子さんが松本亦太郎(1865-1943)って人で、
京都帝国大学で心理学講座を立ち上げたあと、東京帝大に移ってきたんだけど、
この人はもともと,、東大にできた「精神物理学実験室」のことを「心理学実験場」と呼んでいたらしいのね。

自分が東京帝大に移ってきてからは精神物理学実験室の看板も取り替えたとか何とか
高砂、出版年不明)。

 

ただ、そんな松本亦太郎大先生も「精神物理学」って言葉を使っていらっしゃるから
(例えば、松本亦太郎, 1914)、
この人も「心理物理学」を使い始めた人ではない模様。

 

最初にpsychpysicsを日本に引っ張ってきた人は「精神物理学」って訳語を使ったようだけど、
「心理物理学」って訳語をいつ誰が使い始めたのかは結局のところ分からずじまい*10

 

気になって調べてみたけど、なんだかよくわからんというのが正直な所。

 

引用文献

高砂美樹・肥田野直・サトウタツヤ・金森修大山正・辻敬一郎・西川泰夫・佐藤隆夫(出版年不明)「日本における心理学の学範形成:東大・心理学実験室設立100年を迎えて」日本心理学会第 67 回大会シンポジウム <http://www.ritsumeihuman.com/uploads/publications/97/9_3.pdf> (2014.11.26アクセス

福元圭太,『精神物理学原論』の射程 -フェヒナーにおける自然哲学の自然科学的基盤―,「西日本ドイツ文学」,第24号,13-27,2012.11. 

松本亦太郎 (1914). 『実験心理学十講』 弘道館

元良勇次郎 (1890). 『心理学』 金港堂

*1:心理学はとても「文系」とはいえないし、
そもそも何でもかんでも文系か理系かで分けようとする奴は
3兆5千億回ぐらい死んでいい。

*2:筆者の偏見であることは言うまでもない

*3:実はその前にWeber大先生がすでにWeberの法則を見出してたけど、まあ細かいことはいいんだよ。Wund先生?あのひとは実験心理学の祖でしょ。時代もちょびっと後だしね。

*4:

『精神物理学要綱』とか『精神物理学綱要』って訳される事が多かったらしいんやけど、
この本が出た時はまだ学問としての基礎がまとまっているわけではなくて
始まったばかりの初期段階だから、
最近は『精神物理学原論』と訳すことが提案されてる(福元, 2012)。

Elementeってのはまさにそういう意味らしい。

だからここでもホントは『精神物理学原論』としておくのが無難かも。

*5:フェヒナー大先生は、太陽を直接見ることで残像の性質を調べようとして、
目をおもいっきり悪くしたとかいうなかなかアグレッシブな先生です。

*6:美学の定義はさておいて

*7:

 

心理物理学―方法・理論・応用〈上巻〉

心理物理学―方法・理論・応用〈上巻〉

 

 

*8:

 

心理学研究法1 感覚・知覚

心理学研究法1 感覚・知覚

 

 

*9:

 

イラストレクチャー認知神経科学―心理学と脳科学が解くこころの仕組み―

イラストレクチャー認知神経科学―心理学と脳科学が解くこころの仕組み―

 

 

*10:精神物理っていうと青っぽい寒色系、心理物理っていうとピンクっぽい暖色系をイメージしてしまうんだけど、筆者だけ?

同化と対比の現象学

 

心理学の教科書なんか読んでると、錯視(あるいは色とか形・大きさの知覚)の章のあたりに同化と対比という言葉が出てくる*1

 

同化

ある図形の明るさや大きさなどが、周辺にある他の図形の明るさや大きさと同じ方向にひきずられて知覚されること

対比

ある図形の明るさや大きさなどが、周辺にある他の図形の明るさや大きさと反対方向にひきずられて知覚されること

みたいな意味ね。

その分かりやすい例としてよく使われるのがこちら。

 

・大きさの対比:エビングハウス錯視 *2

 

f:id:it_is_fine:20141126232602j:plain

真ん中にある紫の円は左右とも同じ大きさなんやけど、周囲の円の大きさと対比されて、左のほうが大きく見えるでしょ。

 

・色の同化と明るさの対比


f:id:it_is_fine:20141126225818j:plain

色の同化(上):灰色の部分は全て同じ色なんだけど、黄色とか青色の線があるせいで、左半分の灰色は黄色っぽく、右半分の灰色は青っぽく見えるでしょ。

明るさの対比(下):真ん中の小さい灰色の四角は2つとも同じ明るさやけど、左の灰色は周りの黒と対比されて明るく見えて、右の灰色は周りの薄い灰色と対比されて暗く見える・・・よね。

 

(ちなみに上の図は2枚とも自作。)


こういう錯視の例は分かりやすいっちゃわかりやすいが、教科書的で行儀がよすぎる。

もうちょっと卑近な例で考えよう。

 

銀魂*3で、Qちゃんに男に慣れてもらうために合コン開いた話があったじゃん。

んで、お妙さんが連れてきた女性の皆さんがあきらかにお妙さん自身より可愛くない感じなのよ*4

自分を可愛く見せるためにとったお妙さんのこの戦略なんかは*5、完全に対比を起こすことを意識した例ですよ。

 

対比があるなら同化もある。

おイヌ様とかおネコ様みたいに可愛い動物を抱っこして一緒に撮った写真がたまにあると思うけど、もしも

「かわいい犬と一緒に写ると、自分も一緒にかわいく写るはず」

みたいな考えで撮ったのだとすると*6、これは同化を狙ったものだ*7

んでね、これをちょびっとだけ一般化して*8同じ基準でこの2つを考えてみようと思うわけよ。

 

可愛い人と友達になって一緒にいれば、
自分も同じように可愛く見られるんじゃないか、みたいなあれ。
あれは完全に同化を狙ったものだよね。

 

かと思えば逆もありえて、
自分よりも可愛くない(と思っている)人と一緒にいれば、
差が強調されて自分は可愛く見えるんじゃないか、みたいなあれ。

こっちは対比を狙ってる。

 

面白いことに、この2つは両立しうる。

かわいい人とかわいくない人が一緒にいるとき、両者の利害関係は一致しているのだ。

相対的にかわいい人からみれば、一緒にいるかわいくない人と対比されて、自分はかわいく見えるはず。

相対的にかわいくない人から見れば、一緒にいるかわいい人に同化して、自分もかわいく見えるはず。

 

決して口には出さないであろうこの2種類の本心がうまくかみ合うことによって、社会の友人関係はうまく回っているのだろう(適当)。

 

だがここで決定的な矛盾に気がついてしまう。

両者の思惑は(各々の中では)同時に満たされても、その意図するところは決して同時には成立しない。

なぜなら、この場合は同化と対比が同時に起こることはないからだ*9

同化が起きているのなら、(相対的に)かわいい人の見かけのかわいさはアップしていない。先の合コンの例でいくと、お妙さんの思惑は見事に外れ、みんなかわいく見えている状態だ*10

対比が起きているのなら、(相対的に)かわいくない人の見かけのかわいさはアップしていない。先の写真の例で行くと、おネコ様の可愛さが強調されて自分は逆にアレな感じに写って見える状態だ。


実際には同化と対比のどっちが起こっているのか、あるいはどっちも起こっていないのか。同化と対比の境目はどこにあるのか。

何らかの物理量に差がある物どうしが隣接した時(長さや面積、光の波長など。まあ顔も複雑な統計量をもつ物理量と考えよう)に、心理量(見かけの大きさ、色、かわいさなど)に同化と対比のどちらが起こるのか。

その基準やそのための条件は、筆者は最初に挙げた色や大きさの場合ですらよく分かっていない。 

ましてや、もっと複雑で掴みどころのない「かわいさ」に至っては、そもそもどちらかが生じているのかすらも含めて、よくわからない *11

謎だ。

 

*1:例えば、北岡明佳(編著)(2011).『いちばんはじめに読む心理学の本⑤ 知覚心理学 ―心の入り口を科学する―』 ミネルヴァ書房

 

 

 

*2:ちなみに2014年の Best Illusion of The Year Contest の1位はこれを応用した作品 The Dynamic Ebbinghaus


The Dynamic Ebbinghaus - YouTube

*3:空知 英秋『銀魂―ぎんたま―』集英社

*4:あくまで漫画の中の話

*5:もうQちゃんそっちのけやん

*6:あくまでも「もしも」「仮に」だ。動物と一緒に写ってる世の中の写真が全部そんな意図で撮られたものだと言っているわけでは決してない。誤解なきように

*7:ホントに同化が起きるかは不明

*8:合コンとか写真みたいな状況よりは一般的な状況を考える

*9:一般に同化と対比が同時には起こらないという意味じゃない。例えば色や明るさでは、同化と対比が同時に起こっている例としてムンカー錯視やホワイト錯視などが知られているからggrks。

*10:漫画ではそうは描かれていなかったが。

*11:わかったら誰か教えて。

男の料理

ものすごく料理したくなるときがたまーにやってくる。

 

お店の惣菜コーナーで、 「あ、これおいしそーだなー、でも半額じゃないから買えないなー」 みたいなこと、あるじゃないですか*1

 

で、思うわけですよ。

自分で作ればもっと安く大量に食えるんじゃないかと。

でも揚げ物とかキッチン汚れるし、手のこんだものはやっぱ作る気にならんわけね。

 

となると、簡単に作れそうで且つ美味しそうなやつを惣菜コーナーでよーく観察して、 お家に帰って名前とか材料で検索して、グーグル先生に作り方きくわけですよ。

 

 

 

 

 

肉じゃが。

 

 

 

 

 

結局これぐらいしかないのね。肉じゃが。

 

美味しいじゃん、肉じゃが。

簡単じゃん、肉じゃが。

キッチン汚れんやん、肉じゃが。

別に惣菜コーナー関係ないやん、肉じゃが。

 

いやね、ホントは「ベーコンとポテトのマヨチーズ焼き」 みたいなのいっぱい作って、
たらふく食べようと思ってたのよ。

でも高いやん、ベーコン。

ジャガイモはまあいいとしても、ベーコン。

あとチーズも結構高い。

マヨネーズなんて買っても滅多に使わんし*2

 

作る手間と時間も加味すると、まあいっかってなる。

 

やっぱ肉じゃがですよ。

 

 

記事の内容がプログラムとかインターネットのお勉強の話と完全に無関係になってきたあたり、本領発揮してきた感がある。

*1:あるんです。私には。定価では手がでない時があるんですよ。

*2:めったに使わん調味料とかいっぱい揃えても結局高くつくやん。

あたしんちの電気代

 

毎月新聞入れに入ってるあの紙。

今月のお前んちの電気代は〇〇円です、みたいなあれ。

なんとなく捨てられないまま6年近く下駄箱の上に溜まりっぱなし。

せっかくデータ(というかレシート)がこんだけあるんだから、
とりあえずグラフにでもしてみようかと思い立ったわけでして。

 

地域:西日本。わりと都会。

住居:築20~30年のアパート

住人:20代男性。学生の1人暮らし。

生活:平日・・・大学行く
   休日・・・家でゴロゴロか大学行く

 

こんな感じで6年間。

とりあえず電気代見てみましょうよ。

ガス代はまた今度。

水道料金はずっと定額なんで、おもしろくないからやらない。

 

それでは早速見てみましょう。電力使用量と電気料金。

 

f:id:it_is_fine:20141124131039j:plain

 f:id:it_is_fine:20141124131701j:plain

 

黒い点の1つ1つは各年月のデータ。折れ線グラフはその平均と中央値。

12月〜4月までは5年分(N=5)、5〜11月は6年分(N=6)。

1ヵ月当たりのNが5,6個しかないので、平均だけでなく中央値も出してますが、
そんなに大きくは変わらんみたい。

 

消費税アップとか燃料関連の為替の変動の影響とかいろいろあるので、
とりあえず電気に関する6年間共通の指標としては料金よりも使用電力量(kWh)を用いるのが良いはず。

ただ、電気代の単価もちょくちょく変動してるので、料金の推移もやっぱり見てみたい。
使用量とはちょっと様子が変わるかも。

消費税が26年4月から8%に上がったので料金は5%の時代よりも高めに出てしまうかもしれない。
料金の比較は、消費税を除いて標準化した金額でやってます。

 

グラフを眺めると、使用量も料金もグラフの形は似たり寄ったり。

1~5月が比較的高い水準で推移して、なぜか6月だけドーンと下がる。

んで8月が一番電気使いまくってて、秋以降年末にかけて落ち着いてくる。

 

はて、これは一体どういうことか。

 

冬はこたつのみ。エアコンとか他の暖房は一切使わない。

例年、11月に入った頃からこたつを使い始めて、そのまま次の年の6月に入った頃にしまう。*1

 

夏はエアコンのみ。扇風機なんて高級品はありません。

こたつを片付けた後の7月頃から9月の終わり頃まで使う。

ちなみに必ずドライモード。*2

 

やはりコタツもクーラーも使わない6月は電気代も消費電力量もがくっと下がる。

8月のフィーバーっぷりはクーラー使い過ぎのせいやな。

暑さには勝てん。

 

不思議なのは10~12月と1~5月の違い。

基本的にコタツで生活してるって点では同じなのに、
10~12月は6月に匹敵するレベルの低さになる一方、
1月以降は比較的高い水準でうろうろしてる。

単価が違うんかな?

 

同じ月でも年によってばらつくかなーと思ったけど、
グラフを見る限りそんなに暴れてるわけではないみたい。

8月以外は。

8月の電気代が5000円超えてるのとかもう完全にダメなやつ。

それに比べて6月は堅実。ばらつきもほとんどなくて見事なまでに集まってる。

 

もっと色々詳しく見てみたいけど、データ書きだすだけで結構疲れたのでまた今度。

こういうのは自分の生活を客観的に見る感じがしてなかなか面白い。

 

ちなみに、このグラフの作り方なんですけどね、
6年分たまりにたまった レシートを1枚1枚めくりながらエクセルにちまちま入力してたんですよ。

ところがなんと!

電力会社とかガス会社に登録すると、csv形式で自宅の光熱費データを過去2年分ダウンロードできるらしい。

しかもきれいなグラフでレポートしてくれるとか。

先に知っておきたかった・・・。*3

 

*1:6月とか遅くね?もう暑くね?という気もするが、暑さとか寒さを感じる主観的な基準なんて往々にして履歴の効果がのっかってくるもんで。

寒い時期からだんだん暖かくなるときとその逆では、同じ気温でも寒く感じたり暖かく感じたりするでしょ。

世の中には心理物理学とかいう謎の学問領域があって、そこでは閾値を求める古典的な方法に極限法とか調整法ってのがあるけど、あれも上昇系列と下降系列で閾値が変わってくるの。

あんな感じよ。・・・詳しくはまた今度。

*2:ドライモード以外で使うと納豆みたいな変な匂いの風が流れてくるから使ってないのよ。

ドライと冷房どっちが安上がりか比較できると面白かったのに。

暖房付けないのも同じ理由。以下、掃除しろ禁止。

*3:い、いや、所詮2年分だ。

今回は5,6年ほぼ同じ生活を続けて得た生データを使っている!

これは貴重な分析だ!決して無駄骨ではない!はずだ!

スタート地点

このブログでは、プログラミングとかインターネットのしくみとかをちまちまお勉強していくことを主な目的とします。しません。ふらふらします。(追記)

私自身ほぼ0からのスタートで何も知らないので、勉強したことを自分の理解した形で記録しておく、という方が正しいでしょう。

 

筆者の現状は、

  • MATLABを使ってプログラミングのようなことをしたことがある。
  • forループとかif文とかは知っている*1
  • クラス?継承?インスタンスなにそれおいしいの?*2
  • ハードウェアの知識ほぼゼロ。HDDの交換とか怖くてできない*3
    サーバー?パソコンからビールでも出てくるの?

 とまあこんな感じです。要するににわか*4です。

 

当面の目標としては、MATLAB以外の言語を書けるようになることと、プログラムはなぜ動くのかみたいな根本的なことをお勉強してみようと思ってます。

いまんとこ手段が目的になってるのは気にしない。気にしない。

 

筆者はMATLAB(と味見程度にR)しかさわったことがありません。

ちまたではPythonとかJavaとかJavaScriptとかいう謎の何かをよく見かけるし、オブジェクト指向とかフレームワークとかいうオサレなワードがいっぱい並んでるけどよくわからん。

せっかくだからきちんとお勉強して、こういうのの何がいいのか知りたいなって興味が出発点です。*5

ナウいことに敏感に反応するミーハー*6とも言えるでしょう。

 

『 はじめての○○』とか『ミジンコでもわかる××』みたいな初心者に優しい(≠易しい)*7

本や記事を探してやっていく予定です。

 

2014年11月24日 追記

やっぱりもう少し自由に書いていくことにした。

 

 

*1:以前「知ってるつもり?!」というテレビ番組があったが、まさに今のところ知ってる「つもり」の状態である

*2:MATLABではそんなの知らんでもコードは書ける

*3:パソコンの分解とか平気でしちゃう人かっこよすぎワロタ状態

*4:優しくしてね

*5:あわよくば手に職つけて生きていけたら尚いいな

*6:死語も積極的に使うことで生き返るはずだ

*7:大上丈彦さんがこの本の中で使ってた表現(のはず)。この本はイラストもかわいくて好き。

ワナにはまらない微分積分 (メダカカレッジ)

ワナにはまらない微分積分 (メダカカレッジ)